筋トレの分子生物学シリーズ第 1 弾.筋肉の発生についての記事である.教科書をまとめた文章であるため,文体がやや硬く専門用語も多いが,お付き合いいただきたい.
筋肉は中胚葉から分化する
受精卵が分裂を始めてしばらくすると,胚と呼ばれる細胞の塊になる.後に分化する器官ごとに内胚葉,中胚葉,外胚葉に分かれてくる.中胚葉から分化した脊索の伸長に伴い,脊索の両側に配置している中胚葉は体節を形成する.この中胚葉は板状の形をしており,椎骨,肋骨,分節化した筋肉を形成する基になる.つまり,筋肉は中胚葉から分化する.
筋芽細胞
別の体節から体節細胞が側方の分節化していない中胚葉に移動し,四肢を含め体の骨格筋細胞のもとになる.この時期の細胞は筋芽細胞と呼ばれ,まだ分化が十分ではない.筋芽細胞は衛星細胞として成人にも残っており,筋線維の修復の際に分裂して筋細胞を提供する.
筋形成遺伝子調節タンパクの発現
筋芽細胞では筋特異的タンパク質はまだ十分に発現していない.最初のシグナルが加わるとまず筋芽細胞で MyoD ファミリー及び MEF2 ファミリーの 2 系統の筋形成遺伝子調節タンパクが発現する.次いで筋形成遺伝子調節タンパクは自身の遺伝子の転写を促進し,筋特異的タンパク質の遺伝子の転写を活性化する.このプロセスにはポジティブフィードバックがかかっており,最初のシグナルが消失しても持続する.
筋特異的タンパク質の発現
筋芽細胞は増殖を終えるとアクチン,ミオシン,トロポミオシン,トロポニン,クレアチンホスホキナーゼ,アセチルコリン受容体などの筋特異的タンパク質を発現する.これが筋芽細胞の分化である.筋芽細胞は分化するにつれて融合し,多核の筋細胞となる.筋芽細胞と筋線維は線維芽細胞の作る結合組織の網目構造の枠組みの中に保たれる.この枠組みが筋の発生を導き,筋細胞の並び方と向きを制御する.
筋肉の成長とミオスタチン
筋肉の成長には筋線維の数,大きさ,長さ,太さが関与する.筋線維の長さは既存の筋線維への新たな筋芽細胞が補充されることで長くなる.筋細胞の数と大きさはミオスタチンにより抑制される.ミオスタチンは骨格筋細胞から分泌される細胞外シグナルタンパクで,筋肉の成長制御にネガティブフィードバックを与える.
神経系の発生
神経系の発生についてはそれだけで一冊の本が書けるほど複雑だが,筋肉の発生に関わる部分のみ記述する.
細胞死による余分なニューロンの除去
神経細胞は発生の経過中,成長円錐と呼ばれる突起を伸ばして成長する.一つの神経細胞は通常一本の出力をなし,これを軸索という.成長円錐が進むには細胞外マトリクスや細胞表面が必要で,他のニューロンが既に開拓した道をたどることが多く,その結果神経線維はまとまって束となる.軸索成長円錐は標的組織からのシグナルによりどこでシナプスを形成するか制御される.標的組織からのシグナルは分布したニューロンのうち,いくつが生き残るかも制御する.
動物の神経は過剰に作られるが,標的組織に到達したうちの半数以上が数日以内に死滅する.過剰生産に続く余剰細胞死という一見無駄な「細胞死による余分なニューロンの除去」戦略は,神経系のほとんど全てにおいて起きており,神経を通じる必要のある組織の量にしたがってニューロンの数を調整していると考えられている.
活動依存シナプス除去
筋細胞では活動依存シナプス除去が起こる.まず神経軸索末端と筋細胞の間でシナプスが形成される.次いで筋細胞膜の接触場所ではアセチルコリン受容体が集まり,さらに軸索末端では神経伝達物質の分泌のための構造が組織される.筋細胞は最初,複数の神経とシナプスを形成するが,数週間経つと一つの神経接続のみが残る.
シナプスは最初過剰に形成され,広い領域に散らばるが,電気的活動とシナプスでのシグナル伝達に依存した競争が起き,接続が簡素に整理され再モデル化される.これを活動依存シナプス除去という.
下の動画は神経細胞が軸索先端の成長円錐を伸長している様子である.
https://youtu.be/LP5FbEdVXRI
モーターユニット
これらの過程を経て,一つの脊髄前角の運動ニューロンから筋線維に至る指示経路が完成する.
発生途中では運動ニューロンと筋線維との対応関係は m 対 n であったのが,最終的には 1 対 n になる.この単位がモーターユニットである.
モーターユニットとは一つの神経細胞の支配する全ての筋線維のことである.外眼筋や喉頭筋など,微細で急速な運動を行う小さな筋肉では一つのモーターユニットの筋線維は数個しかないが,ヒラメ筋などの大きな筋肉では数百もの筋線維を有する.身体内のすべての筋肉に対する平均値は分かっていないが,上腕二頭筋で 710, 上腕筋で 410 との報告がある.