オーディオに関してはあまり詳しくないが,音楽は聴きたい.そんな人は多いだろう.俺もその一人だ.学生の頃,大枚をはたいてミニコンポを買ったものの,音質の低さに愕然とした.以来コンポは埃をかぶり,いつしか音楽からは遠ざかっていた.
再び音楽を聞くようになったのは数年前からだ.結婚して何かいい音楽でも聴きたいねということで妻と相談して BOSE の CD ラジカセを買った.低音と高音が強調された音の作りだったが,嫌いではなかった.子供ができる前は,音楽を聴きながらワインを二人で飲んだりして,妻の好きなジャズの CD を買って聴いていた.なかなかいい時間だった.子供ができてからは胎教に良い CD なんかも買った.
スピーカーを自作したのは 2014 年だった.メールを検索してみると 2014 年 12 月 5 日に注文確認のメールがあった.ネットで検索したら長岡鉄男のスピーカーをキットで販売してくれる人がいて,何度かメールをやり取りして発注した記憶がある.長岡式の D-118 だった.スピーカーユニットは FOSTEX の FE108EΣ, 限定型ではない,通常型のユニットだ.MDF 合板とシナアピトン合板の選択肢があったがシナアピトン合板がいいと勧められ,言われるとおりにした.合板,加工費,ユニット,ミクロンウール,スピーカーネット,送料などで総額 155,000 円だった.
実際に組み立てを始めたのは年が明けてからだったかもしれない.振込を確認してから工場でカットが始まり,納期は年明け 1 月の 3 週ほどをみてほしいと連絡があった.週末を利用して自宅の 2 階で少しずつ組み立てた.完成には半年ほどかかったようで,2015 年 6 月 2 日に完成したと業者に質問を兼ねたメールを送っている.
道具にはこだわる方だ.コーナークランプ,ハタガネ,スコヤなどは Amazon で買い,ホームセンターで買った太さ 3/8, 長さ 1 m のボルトを半分に切ってもらい,蝶ネジ,ワッシャー,キャップネジも買った.
組み立てに際して最も注意すべきは直角を正確に出すことだ.本棚は大きいが内部構造はないため,いい加減に組み立てても結構何とかなる.しかし,スピーカーはそうはいかない.特にバックロードホーンと言われるタイプはそうだ.内部のミクロンウールを詰める小室から始まり,隣接する部材を繋いでいく.巻き貝を育てている気分になる.組み立てていくとどうしても小さなズレが重なり,エンクロージャの密閉が心配になる.最後に側板を貼り合わせてハタガネで締め上げた後は祈るしかない.
塗装は水性ウレタンニスを用いた.刷毛でペタペタと塗り,#400, #800, #2000 のサンドペーパーで磨いていく.もちろん,重ね塗りだ.消費量はかなり多く,内側で 1 本使い切った.数本消費したと思う.
自作スピーカーにはエイジングが必要だと言われている.要は,寝かせる期間が必要ということだ.組み立てはしたものの,CD プレーヤーもアンプもない.子供が小さくて予算が捻出できなかった.何とか妻を説得して,一番安いプレーヤーとアンプを買う段取りをつけるまでに数ヶ月かかってしまった.
最初に聴いた CD が何だったか思い出せない.とにかく,ものすごい衝撃を受けた.何だ,この音は.腹に響くドラム,ハイハットのキラキラした響き.目の前に音像が定位するという体験は初めてだった.
これまで聴いていたスピーカーは何だったのだ.写真に例えるなら,ピントのずれた輪郭の眠い写真だ.何が写っているかは分かるが,とにかく輪郭がぼやけて眠い.
それに比べてこの D-118 はどうだ.輪郭が明瞭で音像がきっちり結像している.大判のフィルムはハガキほどの大きさがあるが,隅から隅までピントの合った原版というものはひと目で分かるものだ.思わず感嘆の声が漏れた.
以来,音楽 CD の購入に余念がない.予算の制約があるからあまり高いのは買えないのだが,メルマガで紹介された CD でもいいのはすぐに品切れになってしまうため早い者勝ちになる.なかなか難しいところだ.
前置きが長くなった.
最近,SNS でハイパーソニック・エフェクトなる概念を知った.人の聴覚は 20 kHz より高い音は聴き取れないが,なぜか可聴域よりも高周波の成分が入った音楽などを聴くと中脳や間脳の局所脳血流が増加し,α 波の増大が見られるというものだ.それも超高周波は耳からではなく,体表面で知覚しているらしい.
上の雑誌で仁科エミ教授は次のように述べている.
「聞こえない超高周波を含む音は,恒常性や生体防御を司る自律神経系・内分泌系・免疫系の働き,そして,美しさや感動を司る脳の情動系や,これらの生む快感を通じて行動や生存を適切な方向へと誘導する報酬系の働きを高めるのです.ただし,こうした効果を持つのは複雑な自己相関秩序を伴う 40 kHz 以上(最も効果的な帯域は 80 – 88 kHz)の超高周波で,それ以下の高周波はむしろ基幹脳活性を低下させる可能性があります」
大橋力の主張するハイパーソニック・エフェクトに関しては学術論文がいくつかある.
Inaudible High-Frequency Sounds Affect Brain Activity:Hypersonic Effect
Frequencies of Inaudible High-Frequency Sounds Differentially Affect Brain Activity: Positive and Negative Hypersonic Effect
これら 2 編が大橋の原著論文.このあたりがハイパーソニック・エフェクトの火付け役になる.
PET技術によるがん・認知症の早期発見と高周波領域非可聴音聴取による高齢者の脳活性化に関する研究
若年者だけではなく,高齢者にも超高周波による局所脳血流増加が見られたという報告.
ハイパーソニック・コンテンツを活用した駅ホーム音環境の快適化 : 高複雑性超高周波付加の心理的生理的効果について
駅のホームを見立てた仮想ホームでの実験と実際の駅での実験.超高周波を流したら騒々しいと感じられる不快度が低下し,アナウンスの声が聞き取りやすくなったという事例.
A Meta-Analysis of High Resolution Audio Perceptual Evaluation
メタアナリシスもあった.メタアナリシスというのは学術論文の中でも最高のエビデンスがあって,簡単に言うと『まず間違いない』レベルってことだ.要約の Google 翻訳を載せておく.
「高解像度のオーディオ,すなわち,CD 品質のオーディオを超えてレンダリングすることができるシステムおよびフォーマットの記録およびレンダリングの利点については,かなりの議論がある.私たちは,高解像度と標準,16 ビット,44.1 または 48 kHz のオーディオの違いを知覚するテスト被験者の能力を評価するための体系的なレビューとメタアナリシスに着手した.十分なデータが得られた 18 の出版された実験はすべて含まれ,12,500 回以上の試行で 400 人以上の参加者を含むメタアナリシスを提供した.結果は,試験被験者が高分解能の内容を識別するためには小さいが統計的に有意な能力を示し,被験者が徹底的な訓練を受けたときにこの効果は劇的に増加した.この結果は,選択された研究および異なる分析手法の異なる選択肢を探求する感度分析によって立証された.研究における潜在的な偏り,試験方法の効果,実験デザイン,刺激の選択についても調査した.全体的な結論は,オーディオレコーディングおよび再生チェーンの認識された忠実度は,従来のレベルを超えて動作することによって影響を受ける可能性がある」
仁科教授はまた「超高周波の共存によって可聴域の音質が変わるのではなく,音を感じる脳そのものの状態が変化することによって,音の印象がよりよく変化する」とも言っている.ハイレゾ音源の本質はここにあるのかもしれない.
読んでて思ったのだが,これ音楽に限った話ではない気がする.同じ人と話していても,その人との関係が良いときと悪いときとでは話の聞こえ方が違う.というか,関係の悪い時はほんとにその人の話が聞こえない.例えば妻と喧嘩した後なんかギスギスしているものだが,そういう時の妻はほんとに難聴になったのかと思うくらいこっちの話を聞いてない.あれは聞いてないのではなくて,本当に聞こえてないのかもしれない.ストレスがかかることで一時的に難聴になってるのかもしれない.いや,ほんと.
ということで,とりあえずスーパーツイーターを買ってみることにした.手持ちのアンプでは超高周波の再生は無理だと思うけど,体感で立体感や臨場感が高まるならそれでいいと思う.ほんとはこういう最高機種がほしいんだけど,予算的に無理.誰か買って.