食事と体組成に関する国際スポーツ栄養学会のポジションスタンド(前編)に引き続いて中編の全訳を試みる.
食事管理の現在と未来
食事管理のキモは計量である.たんぱく質,脂質に炭水化物,および塩分の摂取量を把握することは,現代人にとって必須のスキルである.
筋トレやボディビルディングに限らず,生活習慣病の管理も食事の計量が出来ていないと話にならない.
たんぱく質,脂質,炭水化物の三大栄養素をマクロ栄養素という.これらを見える化する手法としてマクロ栄養素による食事摂取量の把握,たんぱく質摂取量をTableauでグラフ化する,Google Data Studioでたんぱく質摂取量のグラフを作るにはなどの記事を紹介してきた.それらの集大成である.
生活習慣病と食事管理
生活習慣病の治療において薬物が処方されるが,それも食事療法という土台が出来ていないと治療がうまくいかない.医療機関側の責任にしたがる患者は多いが,食事管理もできずに何を言っているのかと思う.
糖尿病
たとえば,日本糖尿病学会の糖尿病診療ガイドライン (2016) では食事療法の目安として以下の記述がある.
炭水化物を 50-60 % エネルギー,たんぱく質 20 % エネルギー以下を目安とし,残りを脂質とする.
脂質異常症
脂質異常症の治療エッセンスには以下の記述がある.
- 禁煙し,受動喫煙を回避する
- 過食を抑え,標準体重を維持する
- 肉の脂身,乳製品,卵黄の摂取を抑え,魚類・大豆製品の摂取を増やす
- 野菜,果物,未精製穀類,海藻の摂取を増やす
- 食塩を多く含む食品の摂取を控える(6 g/日未満)
- アルコールの過剰摂取を控える(25 g/日以下)
- 有酸素運動を毎日 30 分以上行う
高血圧
高血圧治療ガイドライン 2014 においては以下の記述がある.
本ガイドラインでは,本邦の実情を考慮して減塩目標値を 6 g/日未満とする.
慢性腎臓病
慢性腎臓病診療ガイドライン 2013 においては以下の記述がある.
画一的な指導は不適切であり,個々の患者の病態やリスク,アドヒアランスなどを総合的に判断して,たんぱく質制限を指導することを推奨する.
これらを見渡すと,生活習慣病では炭水化物,たんぱく質,塩分について,数値による管理が必要であることが分かる.
筋トレと食事管理
翻って,日々筋トレに励み,ボディビルディングに勤しむ我々はどうだろうか.
タンパク質は体重 1 kg あたり 2 g 摂取する.脂質は摂取エネルギーの 20-25 % を摂取する.残りを炭水化物に割り当てる.これがマクロ栄養素の基本であった.
生活習慣病の管理にも,筋トレおよびボディビルディングにおいても,食事管理が欠かせないことが分かる.それも,ただカロリーを計算すれば良いというのではない.その内訳が重要なのである.
食事の計量と記録
クッキングスケールで計量しよう
だから,何をどれだけ食べているかの記録は絶対に必要だ.そのために毎日食べているものの重さを量ろう.そして記録しよう.
このクッキングスケールは俺も使用しているものだ.盛り付けた状態で載せ,電源を入れるとその状態でゼロとなり,食べていくうちに重さが減っていく.全部食べきったところで数値を見て記録する.その繰り返しだ.
データベースに記録しよう
下表は各自で作成してもらいたいデータベースの構造だ.Excel でも, Google スプレッドシートでもよい.スマホのアプリもあるが,掲載されていない食品もあって使いにくい.できれば自作をお勧めしたい.当然 G 列, H 列, I 列, J 列のセルには計算式が入る.
A1 | 日付 | |
---|---|---|
B1 | 食材 | |
C1 | 計量 | g |
D1 | たんぱく質 | g |
E1 | 脂質 | g |
F1 | 炭水化物 | g |
G1 | たんぱく質 | kcal |
H1 | 脂質 | kcal |
I1 | 炭水化物 | kcal |
J1 | 総カロリー | kcal |
最初は調理後のメニューを検索しよう
最初は一皿ごとの重さで構わない.料理名で検索すれば食品成分データベースには大まかな栄養素は掲載されている.しかし慣れてきたら食材ごとに計量したい.例えば煮物なら,大根,人参,里芋,油揚げ,しいたけそれぞれについて計量しながら食べる.そういうことだ.
すべての食材を計量しよう
自炊している人ならさらに細かい計量が可能だ.調理前の食材を計量するのである.調理後の食材は水分がしみ込んだり,逆に加熱で水分が失われて重さに誤差が生じている.その誤差をなくせるからである.言うまでもなく食品成分データベースに掲載されている栄養素の値は調理前のものだ.だから本来は調理前の計量がベストだ.
すべての食材を計量してから鍋なりフライパンで調理し,出来上がったものの重さを計量する.加熱しているから多少重さが減っているかも知れない.各自の皿に取り分けた際にそれぞれを計量する.食材の各栄養素の総計を各皿の重量比で割れば,一皿ごとの栄養素が求められる.実は,病院食の栄養素もそうやって算出されている.
妻が面倒がって計量してくれない
だがここで,多くの既婚男性は壁にぶつかる.今俺が書いたことを妻に言えるか?言えないだろう.そんなことを言おうものなら,罵詈雑言が 10 倍になって返ってくることは間違いない.ここは妥協するしかない.調理後の食材を種類ごとに計量しながら食べるか,調理後のメニューを検索するかである.
キッチンの未来にも書いたが,ここに技術の関与する余地があると思われる.しかしなぜか家電メーカーもキッチンメーカーも手を付けようとしない.多分,メーカーの技術者に女性がいないためだろう.
冷蔵庫に Wi-Fi つけるのもいいけれど,こういう食事管理をサポートしてくれるシステム,早くどこかが作らないといけない.今そんなシステム出せば,市場を独占できる.早くしないと Amazon か Google に丸ごと持っていかれるよ.
食事の記録はあなたの健康をサポートする
毎日の食事記録を習慣化すると,いいことがある.俺は一週間ごとに体組成計で体重を測定しているが,食事内容で敏感に体が反応しているのが分かる.間食のたんぱく質源としてチーズを食べたか,サラダチキンを食べたかで翌週の体脂肪量が増えたり減ったりする.
食事をたんぱく質,脂質,炭水化物に分けて記録すると,将来老いて生活習慣病になった時,その時点での最新のガイドラインに即応できる.筋トレをしている人は生活習慣病から最も程遠い生活をしているが,それでも先のことは分からない.
ガイドラインを活用しよう
言うまでもなく,ガイドラインとはその時点での最新の知見をもとに作られている.無作為化比較試験をいくつも集めたメタ解析や系統的レビューをベースにしており,学術的批判に耐えるだけの根拠がある.
もちろん,ガイドラインとて万能ではない.過去にも良かれと思って推奨されてきた治療方針がひっくり返った例は山ほどある.しかし,こと食事管理に関しては現時点でのガイドラインはほぼ間違いないと思っていいだろう.
大学病院で偉そうにふんぞり返っている医者も,実はガイドラインに沿って治療しているだけである.そして重要なことだが,ガイドラインはネット上に公開されており,正しい知識を持って読めば医者と同じ基準で判断できる環境にある.これを活用しない手はない.
数字で話をしろ,数字で!
病院における栄養指導の現状をご存知だろうか.医者から栄養指導の指示が出たら,管理栄養士は患者や家族から三日間の食事内容を聞き出す.そして「何となく」これくらいのカロリーを摂取しているのだろうと当たりをつけているのである.これが大病院でも当たり前のようにまかり通っている.一体いつの時代の話だ?
もっとも,これはあなたにも責任がある.経営については数字で話ができるのに,最も重要な資本である肉体を構成する栄養に関して,こんな占いみたいな方法で説明されて,なぜ怒らないのだ?あなたが詳細な食事記録を元に作成したマクロ栄養素のチャートを叩きつけたら,管理栄養士は真っ青になるだろう.
多くの人が自分の食事内容を記録し,数字を基に議論ができるようになれば,自ずと栄養指導のあり方も変わっていくに違いない.それは決して堅苦しいものではなく,むしろ旬の食材や地域の特産品を活かして食卓を豊かにしてくれるものであると確信している.
まとめ
筋トレと並行して行う食事管理の効能は,単にダイエットやボディビルにとどまらない.それは生涯にわたってあなたの健康をサポートしてくれるだろう.